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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)269号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1 成立に争いない甲第五号証(訂正明細書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、左記のとおりであると認められる(別紙図面一参照)(〔編注〕以下図面省略)。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、自動車など動力車の内燃機関からの排ガス浄化用触媒物質を担持する、担持マトリツクスの製造方法に関する(第八頁第七行ないし第九行)。

平坦な鋼板と波形の鋼板を、触媒物質をコーテイングしながら巻回し、個々の層を溶接又は蝋付けするこの種の担持マトリツクスは公知であるが、溶接する方法は鋼板の材質が制限され触媒層の一部が無駄になるし、蝋付けする方法は蝋材の供給法を誤ると触媒物質の排ガス浄化能力が十分発現しないとの欠点を有する(第八頁第一七行ないし第九頁第一四行)。

本願発明の目的は、触媒物質の排ガス浄化能力を十分発現させ、耐振性にも優れた担持マトリツクスを、経済的かつ効率的に製造する方法を創案することに存する(第九頁第一六行ないし第一九行)。

(二) 構成

右課題を解決するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(第一〇頁第一行ないし第一一行)。

すなわち、本願発明の最大の特徴は、担持マトリツクスを形成する平坦な鋼板及び波形の鋼板の少なくとも一方の、(全面でなく)限定された部位に、蝋材を帯状に供給したのち、両鋼板を蝋付けすることに存する(第一一頁第一行ないし第六行)。

(三) 作用効果

本願発明によれば、蝋材は、鋼板の全面に塗付する必要がなく、限定された部位にのみ塗付されるので、高価な高温蝋の使用量を節約し得ると共に、蝋材被覆層と触媒層の層間反応に起因する触媒活性の低下を防止でき、かつ、蝋材と鋼板の合金化反応に起因する耐熱性及び耐振性の低下をも防止し得る(第一一頁第七行ないし第一六行、第二二頁第二行ないし第一三行)。

2 本願発明と引用例2記載の発明の相違点について

原告は、「本願発明のマトリツクスは平坦な鋼板と波形の鋼板が複層構造をなすのに対し引用例2記載の熱交換要素は単層構造であり、また、本願発明が鋼板の脱脂または薬液浸漬処理の少なくとも一方を行うことを要件とするのに対し引用例2記載の発明は波形金属ストリツプの酸洗い等を行つていないから、審決には相違点を看過した誤りがある」と主張する。

しかしながら、成立に争いない甲第二号証によれば、平坦な鋼板と波形の鋼板が複層をなす構造自体は、既に引用例1に示されているのであつて(別紙図面二参照)、審決が引用例2から引用しているのは「平坦な鋼板と波形の鋼板を蝋付けするに当たり、蝋材を、波形の鋼板の波の方向のみに供給する」技術であることは、審決の文言から明らかである(別紙図面三参照)。そして、引用例2記載の熱交換要素が単層構造である点が、そこに記載されている蝋付け技術を引用例1記載の発明の蝋付け方法に適用することを技術的に困難ならしめる事項であると認めるに足りる証拠はない。

この点について、原告は、「引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用すると別紙参考図の第1図のような構成しか考えられないところ、この構成によつて平坦な鋼板を破断することなく、移動し巻回することは極めて困難であるのみならず、波形の鋼板も別紙参考図の第2図のように波を押し潰されかねない」と主張するが、引用例2記載の蝋付け技術を引用例1記載の発明の蝋付け方法に適用する場合に採用し得る構成が原告のいう別紙参考図の第1図に限定される理由は全く存しない。すなわち、引用例1記載の発明の蝋付け方法として引用例2記載の蝋付け技術を適用するに当たつて具体的にどのような構成を採用すべきかは、蝋付けの対象となる金属の性状を十分に勘案して適宜に決定すれば足りることであつて、そのようなことは当業者ならば通常行つている設計事項の範囲に属すると考えるのが相当である。

なお、金属の蝋付けに先立つて金属面の酸洗いあるいは油とりを行う技術が慣用されていることは技術的に自明の事項であるから、引用例2に波形金属ストリツプの酸洗いあるいは油とりを行うことが記載されていないことも、そこに記載されている前記蝋付け技術を引用例1記載の発明の蝋付け方法に適用することが技術的に困難であつたとする根拠とはなり得ないというべきである。

したがつて、審決に相違点の看過の誤りがあるとする原告の主張は、失当である。

3 相違点<1>の判断について

原告は、「引用例2記載の発明は触媒物質とは何らの関係もないのみならず、その熱交換要素は高温下における使用に堪えず、本願発明とは全く別個の技術的課題に基づくものである」と主張する。

しかしながら、審決が、本願発明に最も近似する発明として引用例1記載の発明を挙げ、本願発明と引用例1記載の発明の相違点に係る技術を補うものとして引用例2を引用しているにすぎないことは、その理由説示から明らかである。

そして、前掲甲第二号証によれば、引用例1記載の発明は内燃機関、特に自動車のオツトー機関の排ガスを浄化するための触媒反応体用マトリツクスに関するものであつて(第一頁左欄第一〇行ないし第一四行)、排ガス触媒用担持マトリツクスとして公知の酸化アルミニウムから成るハニカム体は多くの問題点を有するとの知見に基づき(第一頁右欄第七行ないし第二頁左欄第三七行)、「マトリツクスが平らな耐熱鋼板と波形の耐熱鋼板とを交互に配置して成り、両鋼板に触媒的に活性な物質がコーテイングされていること」を特徴とする構成を採用したものであつて(第五頁右欄第五三行ないし第五七行)、そのハニカム要素は高温度においても表面構造が変化しないのみならず支持機能と触媒機能が別個になつているので有利であり(第三頁左欄第五行ないし第一一行)、弾性及び強度は運転上高い信頼性を提供し、特にガス及び機械的な振動に関して高い信頼性を提供するものであると認められる(第三頁左欄第五〇行ないし第五三行)。そして、別紙図面二の図1に「螺旋状に巻回された担持マトリツクス」が表示され、図3には「積層担持マトリツクスの部分断面」が表示されているのである(第四頁左欄第四一行及び第四二行、第四五行及び第四六行)。

右のとおり、引用例1記載の発明の構成は本願発明の構成と基本的に同一であるといわざるを得ないから、原告が主張する本願発明の技術的課題、すなわち「高価な触媒物質の触媒機能を十分に発現させ、かつ、鋼板の耐熱性及び高温下における耐振性を低下させないこと」は、引用例1記載の発明によつて既に認識され、解決されているというべきである。そして、引用例2記載の蝋付け技術を引用例1記載の発明の蝋付け方法に適用することに技術的な困難は認められないこと前記のとおりであるから、本願発明と引用例2記載の発明が技術的課題を異にすることを強調して相違点<1>の判断の誤りをいう原告の主張は、失当である。

4 相違点<2>の判断について

原告は、「本願発明のマトリツクスは平坦な鋼板と波形の鋼板が多数の当接部を有するから、母材間に蝋材を挿入したのち電極に挟んで局部加熱する周知例記載の加熱技術は、非生産的であるのみならず高温下における耐振性に悪影響を及ぼす」と主張する。

しかしながら、審決が周知例から引用しているのは「母材間に蝋材を挿入したのち局部的に加熱して蝋付けする」との技術のみであることは、審決の文言から明らかである。それゆえ、相違点<2>の判断の誤りをいう原告の右主張は、審決の理由説示に即さないものというほかなく、失当である。

5 本願発明が奏する作用効果について

原告は、「本願発明は高価な触媒物質の触媒機能を十分に発現させ、かつ、鋼板の耐熱性及び高熱下における機械的強度の低下を防止するとの作用効果を奏するところ、このような顕著な作用効果は、引用例1及び引用例2、あるいは周知例のいずれにも開示されていない」と主張する。

しかしながら、引用例1記載の発明の構成が本願発明の構成と基本的に同一であること前記のとおりである以上、引用例1記載のマトリツクスが、原告が本願発明の作用効果として主張するところと同一の作用効果を奏し得ることは技術的に自明の事項とするのが相当である。

この点について、原告は、「引用例1記載の発明は、平坦な鋼板と波形の鋼板が波形の鋼板の波の頂においてのみ蝋付けされていないから、本願発明と同一の作用効果を奏し得ない」とも主張するが、引用例1記載の発明の蝋付け方法として引用例2記載の蝋付け技術(すなわち、平坦な鋼板と波形の鋼板を蝋付けするに当たり、蝋材を波形の鋼板の波の方向のみに供給する技術)を適用するならば、平坦な鋼板と波形の鋼板が波形の鋼板の波の頂においてのみ蝋付けすることは容易な事項というべきであるから、本願発明が奏する作用効果は当然に予測し得た事項であるとした審決の認定判断は、正当として是認することができる。

したがつて、審決には、本願発明が奏する作用効果の看過の誤りもない。

三 以上のとおり、審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

動力車の内燃機関における排ガス浄化用触媒物質を担持するための、担持マトリツクスの製造方法であつて、

触媒物質で被覆される担持マトリツクスを、高温に耐え得る鋼板から形成し、

該鋼板を、平坦な鋼板と波形の鋼板から形成すると共に、該平坦な鋼板と波形の鋼板とを、層状に交互に配置し蝋付けすることによつて担持マトリツクスを形成させる、前記方法において、

まず、鋼板の脱脂又は薬液への浸漬処理の少なくとも一方を行うこと、

次に、平坦な鋼板と波形の鋼板とを層状に交互に配置する前に、蝋材を供給すべき層を形成する平坦な鋼板又は波形の鋼板の少なくとも一方に、蝋材を、波形の鋼板の波の方向に、若しくは波の方向に対して垂直な方向に、帯状に延びるように提供すること、

次に、平坦な鋼材と波形の鋼材とを層状に交互に配置して加熱することによつて、蝋材を供給した層を蝋付けして担持マトリツクスを形成させることを特徴とする、担持マトリツクスの製造方法

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